2011年3月11日
ちょうど1ヶ月前の2011年3月11日。
42回目の私の誕生日。 研修を受けに、宮城県塩釜市に行く日でした。
5時過ぎに起床。
ご飯を食べ、6時半ごろ出ようとした時、同じタイミングで長女瑠花も
家を出ようとしていた。。。
「お父さん、学校へ送って。。。」、普段は送らない私だったが、
なぜかこの日は、「しょーがねーなー。たまには送ってあげよかい。」
車の中での会話、「おめでとうが聞こえない!」などと、
どうでもいい話をして、車から出ていく瑠花を見送った。。。
空港へ着き、「そうだ!出張をブログアップしよう!」と考えた。
「これから、どこへいくのでしょう。」とうってみた。
目的地に着いた。
仙台だけど、みんな信じないから、なんか証拠を入れないと。
と思い探した。 まだきれいな仙台空港。
「ないなー」と探し回り、空港から塩釜へ向かう電車に「仙台」の
文字が入っていることに気が付いた。
「川内じゃないよー、仙台だよー。」という言葉が、数時間後、
私の周りの人達を心配させることになるとは・・・。
今回の宮城への出張は、仕事ではなく、青年会議所時代に行った、
子ども達を4泊5日で100キロ歩いてもらう。という
「全国の100km徒歩の旅」の団長研修に参加したためだった。。。
なので、塩釜の会場には、全国25個所の開催地から来た、
代表者で満員状態だった。。。
13時から団長研修も始まり、盛り上がってきた
パネルディスカッションの時に、歴史的大地震が起こった。。。