川畑瓦工業

トップページ > 瓦屋社長日記 > 東日本大震災 > 東日本大震災 その6

東日本大震災 その6

「津波は本当にきたらしい。」

でも外の状況や広い範囲での状況もわからぬまま

夜を迎えてしまった。。。

それぞれの寝床に入ったが、止まない余震にビクビクしながら、

「どうすればいいのか? いつ帰れるのか?」

いろいろな事が頭に浮かんでくる。

 

暖房もないホテルの大広間は、冷え込みが厳しくなってきた。

「かなり冷えるなー。」と思っていたその時、

今朝、家を出る時のことを思い出した。

「あっちは、寒いから持って行けばー。」と明子が言った。

「どうせ会場内は、暖房があるからいらないってよ。」と私。

その物とは、

ズボンの下に履くスパッツだった。

私は、「荷物になるからいらない。」と断ったのだった。。。

 

「もしかして、カバンに入れてくれているかな?」と思い、

カバンを開け、携帯の明かりで照らし中を探った。。。

するとどうだろう。。。

あのスパッツが入っているではないか!!!

明子に感謝した。

被災することがわかっていたかのように、入れてくれていたのだ!

早速、スパッツを履き、靴下ももう1枚履いた。

かなり暖かくなった。。。

 

だいぶ寒さを感じなくなった。

少し眠って余震で目が覚める。

この繰り返しだった。。。

何回目かわからないが、

目が覚めた時、ふと天井に目が行った。。。

次の瞬間びっくりした。

私の上の天井には、大きなシャンデリアがあるではないか!!

さっさと場所移動した。

 

結局、寝たかどうかわからない状態で朝を迎えた。。。

朝起きて真っ先にしたこと。。。

それは、

公衆電話を探したことだった。

ホテルの外に行ってみる覚悟で階段を下りると、

1階フロアに公衆電話はあるではないか。

ホテルなので、当然と言えば当然なのだが・・・、

少し拍子抜けした感じだった。。。

 

順番を待って、家に電話を掛けた。

すると光生がでた。

「光生!お父さん!生きてるよ!」と言うと、

泣きながら、「お父さん!よかったー!生きてて・・・。」

光生の嬉しさが伝わってきた。

あいにく明子は、瑠花をバレーに送って行ったとのことで留守だった。

「木下常務に電話して、俺は生きているから心配しないで、

 しばらく会社を頼む。とお母さんに伝えて。」と言った。

電話を切る前に、「元気で帰ってきてね。」と光生が言った。

その言葉に胸が詰まった。。。

 

 

 

初めてのリフォーム川畑瓦工業についてリフォーム費用のこと新卒採用リクルートLINE@
トップへ戻る